体験設計の対象は第⼀に⼈の⾏動や情動(感情)です。それを意図的な体験を通して経験へと結びつけ価値を⽣み出すというのが体験設計の基本的な構造です。
そのため製品やサービスのワークフロー分析の中でもユーザーの思考や感情、⾏動を並列して扱う必要があり、機能確認のためのプロトタイプに対してもユーザー体験を評価することが体験設計の第一歩になります。
体験設計に必要な情報を体系的に扱う手法やツールは、体験設計の試行錯誤にも使われることからプロトタイピングの一つだと考えています。

ジャーニーマップで⾏為と気持ちを体系化する

複数の視点を並べることによって相互の関係を意識できるようになります。特に体験設計で重要なのは⽬に⾒える⾏為だけでなく、モチベーションや動機に繋がる気持ち、⾏為や結果によって⽣まれる気持ちと結び付けて考えてみることです。

期待、不安、感動、達成感といった「気分や気持ち」を同時に扱うことが経験価値を意図的に⽣み出す体験設計にとって重要です。メーカーで製品開発をおこなっていると機能の実現やハード・ソフトの開発に意識が向いてしまい勝ちですが、機能を実現する目的は特定の⾏為や結果を得るためであり、さらにそこから得られる気持ちのためであることをジャーニーマップによって意識することができます。

またジャーニーマップを作ることで行為の前後を含めた⼤きなアクティビティタイムラインとして体験設計を俯瞰することができます。ビジネスモデルを明確にするビジネスキャンパスと同じように体験設計のロジックを⼀度ジャーニーマップで書き出してみることをお勧めします。

体験の台本を作って理解する

体験設計をおこなうためにはまず体験を理解することから始めなくてはなりません。特に無意識におこなっていることがどのような動機(潜在欲求)と機会(切っ掛け)によって始まり、どのような⾏動、結果を得るのかということを外在化して整理する必要があります。これは体験を意図的にデザインするために必要なものであり、ユーザーが無意識におこなっているものであっても開発者やデザイナーは理解しておく必要があります。

体験を理解する方法としては、ユーザーを観察する方法の他に、自分自身で演じてみる方法(アクティングアウト)があります。

ジャーニーマップやワークフローでは⼀⾔で表現できるようなタスク(アクティビティ)が並ぶことになりますが、それをより細かい操作(インタラクション)まで分解していくことで、実際にユーザーがどのような⾏為をおこなっているのか再現し、それを設計することがでます。

映画や舞台を作るための台本には役者のセリフだけでなく様々な詳細情報が書かれており、それを参考にアクティングアウトのためのシナリオを準備すると理解しやすくなります。

台本作りに必要なものとしては、まず「ストーリー」があり、それを構成する場⾯ごとに「場⾯設定や⼤道具」があり、その中で使われる「デバイスや⼩道具」が書かれることによって準備されます。当然ですが「登場⼈物」が必要でエキストラも含めて必要な役割が与えられキャスティングされます。そこに「セリフやナレーション(⼼の声)」が書かれることで物語が現実可能なものとして表現できるようになるのです。

これと同じようにアクティングアウトのシナリオを作成することで体験設計の舞台を理解しデザインできるようになります。

またシナリオに書かれる出来事(イベント)や⾏為(アクティビティ)に は、動機・機会となるトリガー情報があり、それによって何かが起こり、効果・結果が発⽣するという文脈(コンテキスト)が繋がっていなければなりません。ジャーニーマップで想定した気持ちが作られる状況もシナリオの中で考えていく必要があるのです。

モデルベース開発で体験設計と製品設計を繋げる

製品設計ではCADのように構造的に全体と部分を扱うツールが充実していますが、体験設計では今のところ専⽤ツールはありません。近いものとしては構造的・階層的に情報を扱える「プロジェクト管理」と「ドキュメント管理」を上⼿く使い、体験を主語にした記述にすることでユーザー要求から製品要求、製品仕様、機能仕様へと展開できます。

また体験を情報やソフトウェアとして捉えた場合「モデルベース開発」のツールを活⽤することができます。環境や⼈もシステムの⼀部としてオブジェクト化することで体験を扱うイメージです。特にモデルベース開発はその延⻑上にハード・ソフト設計を扱うことができることからメーカーにとっては最も有望な体験設計ツールになると考えています。

体験設計を実践するためには、製品設計に確実に展開され最終的に社会実装してユーザーの体験、経験へと繋がっていくように管理する手法とツールが必要になってきますので、体験設計ツールの登場は今後の大きな課題だと考えています。

想定して、評価して、管理する

このようにざっくりとした体験設計(ジャーニーマップなど)から詳細な体験設計(タスク分析など)まで様々なレベルがありますが、基本的なマインドセットとしてそれらを管理し、意図的に実現する必要があります。

体験設計の対象となる⾏為には⼀連の出来事、作業、操作のように階層的に分解していくことができます。また行為に平行して思考や情動が連動していますのでそれを紐づけることで体験システムを表現することができます。

情動や感性のような感覚的で目に見えないものだから、同じように感覚的に設計するのではなく、それらを設計対象としてきちんと管理してコントロールしようというのが体験設計です。

とうぜん当初の設計通りになることは少ないので、何度も調整を繰り返せるようプロトタイピングが必要になるのです。

想定をシステム全体で共有して活用する

実際の利⽤状況ではユーザーはさまざまな使い⽅をすることになりますが、体験設計によって想定操作と標準操作を決めておくことで⼀貫性のある開発に繋がります。想定が明確でなければシステムを構成する開発チームごとに想定する操作がバラバラになり不整合につながってしまいます。

また想定外のユーザーや異常使用を含めたリスクを想定しておくことで、ユーザビリティの向上やユニバーサルデザインに繋げていくこともできます。また法規制でヒューマンファクターの認証を必要とする製品分野ではこの辺りの情報を活⽤していくことで、ドキュメント化や認証申請へとつなげていくことができるようになります。

一部の業界ではありますが、体験設計は管理すべき法規制対象になっているという現実もあるのです。 製品設計への要求事項が達成できたかという事後の確認だけでなく、その要求事項がどのような背景によって規定されたのかということにも重点が置かれるようになってきています。体験理解のためのタスク分析を管理して、ユーザーからの情報収集、分析を経て事前に想定した内容が実現できているのか評価・証明していくことが設計管理(デザインコントロール)として今後ますます重要となってきます。