製品やサービスが多様なシチュエーションに対応し柔軟で便利になる一方で複雑になってきており、プロトタイピング無しに的確な体験設計をおこなうことはできなくなっています。
またユーザーの体験は部分的なものではなく前後の関係、周囲との関係などの⽂脈的な影響を考慮する必要があります。そのため部分的なプロトタイピングであっても直接的・間接的な関連や前提を含めて評価しなければなりません。
⽬の前の機器を評価する場合でも⼤きなストーリーやコンテキストの中で扱うことで、モノの評価だけでなくコトの評価やイミの評価にしていくことができます。

複数製品の連携

IoTを例に挙げるまでもなく、製品は単独で機能しているのではなく複数の製品やサービスが直接的・間接的に組み合わされ機能しています。逆説的ではありますがIoTの時代では「接続していない」ことが価値になるという逆転現象まで起きており、現在の製品がいかに他のものと連携しているのかが分かります。

クラウドサービスを複数端末で同じように利⽤することができる「マルチスクリーン」や、機能デバイスと操作デバイスを分けて操作をスおこなう「スマートコントロール」などさまざなバリエーションがあり、便利になる⼀⽅で⽬に⾒えない関係が増えユーザーが理解しなければならない概念モデルが複雑になっていたり、どこまでをユーザーの体験設計として概念モデル化し、どの部分を隠すのかという課題も、実装設計と体験設計を切り離しておこなう理由の一つになっています。

スマホやスマートスピーカーで家電などをコントロールするスマートコントロールでは、実際にはクラウドへの通信も同時におこなわれており、レシピの提供やAIによる高度な調整/判断など、動的でカスタマイズ可能な体験の提供が可能になっています。

複数の場⾯・複数の参加者のための「複雑さ」と「多様性」

また機器が連携するのに伴い、繋がる場所や時間、相⼿が多様になってきています。離れた場所にいながらリアルタイムコミュニケーションができたり、逆に⾮同期コミュニケーションによって個⼈の時間を⾃由に使えるようになるなど関係を定義する場所や時間がより複雑さを増してきています。

さまざまな状況の場⾯、さまざまな背景や特徴を持つ⼈が存在しそれぞれに最適化していくことから複数の形態を持つ製品が⽣まれ連携が作られてきました。一部の⼈だけがコンピュータを使っていた時代から、どんな状況でも誰でもコンピュータを利⽤できる時代に変わってきたことを意味しています。これは多様性を尊重する⼈間中⼼で体験設計な視点です。

機器が持つ特定の使い⽅に合わせるのであれば、体験設計は⼀⽅的で単⼀的なものになってしまいます。しかし私たちは逆の⽅向へと向かっています。多様なシチュエーションに対して価値を⽣み出すデザイン活動がおこなわれており、その複雑なパズルを解くための⽅法としてプロトタイピングが必要なのです。

多様性を受け入れ体験設計の可能性を広げていくと共に、ユーザー体験にその複雑さをどのように提供していくのか体験設計の責任として考えていかなければなりません。

大きなストーリーが意味を決める

製品には価格や機能(コスト・パフォーマンス)という⽐較しやすい価値から、物に魂が宿るという精神的(宗教的・⽂化的)な価値まで幅広い価値の視点があります。

モノのデザインからコトのデザイン、体験のデザイン、意味のデザインという⾵に視点が抽象化していく中で、体験設計では⼈の参加や時間・場所が⽣み出す体験の意味をデザインしていくことになります。

同じ出来事からネガティブな意味にもポジティブな意味にもなり、それを決めているのが「大きなストーリー」です。それぞれのライフステージの中でどのような経験をしてきたのか、また社会とどのような関りを持っているのかなど個人によるものから、社会や文化そのものがもつ歴史や情勢の変化といったものが含まれます。

コンテキストデザイン

体験設計ではユーザーと製品の関係だけでなく、その製品やサービスを実現している様々な⼈の体験をデザインしていくことに着⽬しています。

⾼度な体験設計ではステークホルダーのそれぞれが快適であるというだけでなく、お互いの存在が製品を利⽤する価値や意味を向上させるような設計がなされています。例えば漁師が履いた中古のジーンズの価値がその人への憧れやリスペクトによってより高くなるような事例です。

コンテキストデザインでは、「私が時間をかけた手作りお菓子」のようなユーザー自身によるコンテキストの生成だけでなく、より積極的に関係する⼈の価値を⽂脈として相互につなげ体験価値のシナジーを高める「ソーシャルデザイン」へと広がってきています。

ストーリーを前提条件とするだけでなく、積極的にストーリーを作り出し、または外在化させることで体験設計することは今後ますます重要になってくるのではないでしょうか。