体験設計ではユーザーの視点や置かれている状況を理解するためにロールプレイングやアクティングアウトのような⾝体を使った手法が重要です。
開発が進み機構設計・機能設計のための試作を⽤いたプロトタイピングではモノの評価に注目してしまうため、よりユーザーの体験を意識する必要があります。⼈の⾏為に注⽬するためにあえて紙に書いた画⾯や空き箱を装置の代わりに使うことでその周辺にある体験を設計できるのです。

モノを作らない⽅が体験を意識できる

より正確な体験設計をおこなうために、きちんと動作する機器やソフトウェアを準備し評価する必要があると考えるのは普通の感覚ですが、体験設計のためのプロトタイピングでは体験そのものに意識を集中するためあえてモノを作らない⽅が良い場合もあります。

たとえば機能しないプロトタイプ(空き箱など)をあえて使うことによって「それが実際はどんなモノでこのシーンにおいてどんな役割をもっているのか」という最⼩限で本質的なこと明確にする必要が出てくるため、結果的にそれを意識したアクティングアウト(疑似体験)をおこなうことができるからです。

とくにエンジニアは機能や技術に意識が向かってしまう傾向があり、体験に集中するために⼗分に整っていない段階でのプロトタイピングを⼤切にすることで体験設計に取り組みやすくなるのではないでしょうか。 

アクティングアウトとロールプレイング

⼀般的にはどちらも⾝体や発話を使って演じることで物事を理解する⼿法を指しますが、体験設計のためのプロトタイピングにおいてはその役割は⼤きく違っています。

オリンピック選⼿や医療従事者など⼀般の⼈が同じ体験ができない場合やお⼿本がある場合には、⾃分の感覚ではなく役割を演じる必要があります。その状態を「ロールプレイング」と⾔います。

逆に実際にやってみることで沸き起こる⾃然な⾏動や感覚を確認する場合を「アクティングアウト」と⾔います。UXデザインではロールプレイングを含めてアクティングアウトと総称することが多いようです。

この2つの視点は明確に分かれているわけではなく様々な割合やレベルでミックスされます。プロの俳優が台本や監督の指⽰通りに演じたり、逆に個性やアドリブを出していくのに似ています。

最初はロールプレイングから始めて、徐々にアクティングアウトに移⾏し、その中で感じる「差」が体験設計のイノベーションに繋がることもあり、上⼿に両者をコントロールする必要があります。 

ロールプレイングのためのタスク分析

ロールプレイングではまず観察やヒアリングによってユーザー行為を知る必要があります。ユーザーの⾏動を活動⽬的やタスクという⾵に上位の視点から書き出したり、また下位の⾏動や操作から上位の⽬的を分析したりすることを「タスク分析」と⾔います。

タスク分析は⽬に⾒える⾏動と⽬に⾒えない⽬的(動機のような脳内活動)を紐づけ、ロールプレイの中で演者が「役割」を意識するのに役⽴ちます。単に⾒た⽬や行動を真似するだけでなく背景となる利⽤⽂脈を理解することが重要です。 

アクティングアウトのためのシナリオ作成

既存ユーザーのタスク分析からロールプレイングをおこなうだけでなく、新しいアイデアをアクティングアウトで試してみることもできます。

その場合には利⽤環境と製品だけを⽤意して「⾃然に起きる⾏動」を発⾒しシナリオにまとめていくやり⽅と、事前にアクティビティシナリオとインタラクションシナリオを想定し演じてみるやり⽅があります。

いずれの⽅法でも、シナリオを作成しアクティングアウトで検証サイクルを回していくことで体験設計が具体的に進んでいくことになります。最初から完璧なシナリオを⽤意するのではなく、アクティングアウトしながらシナリオを完成させていくことがポイントです。 

物理的発⾒と意味的発⾒

アクティングアウトをおこなうことで意識できていなかった物理的・⾝体的な関係を発⾒できるだけでなく、実際に演じることによって意味的・感情的な発⾒ができます。

物理的・⾝体的な発⾒としては、そもそも物理的に無理である、⾝体的に出来ない疲れるなど安全性や効率性を確認することができます。意味的・感情的なものとしては⼈前でやるのが恥ずかしい、達成感が感じられないなどの気持ちを確認することができます。

もちろんこのような個⼈個⼈によってまちまちの内容ですので、複数⼈でアクティングアウトおこない多様性を担保しておく必要もあります。(意⾒を平均化するということではありません) 

チームで体験設計を共有

シナリオ全体からディテールまで読み込み、利⽤環境の中で製品を使ってみるという多重で総合的な体験設計の情報をチームで共有することは容易ではありません。書類にまとめることは概要としては役立ちますが情報が抜け落ちたり伝わらなくなります。

そんな時でもアクティングアウトで実際に見てもらったり、演じてもらうことで情報を扱えば総合的に理解しやすく、記憶に残り、次のアイデアに繋がりやすくなります。アクティングアウトはデザインを始めるためのインプット情報を得る⼿段であり、デザインをおこなうツールでもあり、最終デザインを共有する⼿段にもなるのです。

PhotoshopやCADのように体験設計のためのデザインツール・コミュニケーションツールが無い現状では、アクティングアウトをビデオ撮影するような⽅法が体験設計をおこなう上でもっとも役立つ手法なのかもしれません。