アート思考やSFプロトタイピングはいずれも実⽤性や現実性と離れた視点で表現することによって、本質的な価値や意味を発⾒するための⼿法です。
経験価値に注⽬する体験設計では、実⾏⼿段をデザインする前の価値や意味の発⾒が重要であり、リアルなユーザー観察や調査だけではなくより広い視野に⽴つプロトタイピングが必要になります。
意味のデザインでは問題提起(スペキュラティブ・デザイン)やリフレーミングを先行させ、課題解決のプロトタイピングとは切り離してみるのも一つの方法です。

2つのイノベーション

既知の課題を全く新しい発想で解決するタイプのイノベーションと、これまで問題として意識されていなかったものを課題としていくイノベーションの2つが世の中を進化させています。

⼿を動かせば解決することや誰でも問題だと思えることを解決しても⾼い価値を⽣み出せないため、企業は⼤きなイノベーションのための発想の転換を必要としています。 

常識の束縛から離れる

数学や物理学、化学の発展によって⾮常に多くのことが実現できるようになってきましたが、私たちの⾏動のベースとなる「⽇常感覚」は既に体験している前の時代の技術や社会的な常識が前提になっています。

この前提は社会共通のものとして効率的にコミュニケーションをとるためには重要なものですが、⼀⽅で誰かがこの常識を覆さなければ進歩が⽌まってしまうため、進歩を⽣み出した企業や⼈に⼤きな利益が与えられるような社会を私たちは選んできました。

イノベーションの重要性は⾔うまでもなく、さまざまなレベルで常識の束縛から離れることが求められています。そのためのプロトタイピングについて考えてみます。 

プロトタイピングで凄い体験を脳内に起こす

どのようにすれば発想の転換をおこなえるのか? 簡単に⾔えばこれまでに無い刺激を脳に与えて発想することと⾔えます。

宇宙旅⾏をしたり、何億円もするスーパーカーに乗ったり、現実で凄い体験をすれば新しい刺激を受けることができますが、時間もお⾦も掛かってしまいます。

そこで活躍するのがプロトタイピングやアート活動という⽇常とは違うアウトプット活動です。やり⽅を⼯夫することで短時間に安く、何度も繰り返して新しい体験をすることができます。

脳へのインプット(刺激)のためにアウトプットというのが逆のように感じますが、これまでに体験したことが無いことをやってみることで、脳内でこれまでの経験とミックスされ組み換えが起きます。

それまでに蓄積してきた沢⼭の経験や知識に新しい「体験」を掛け合わせることでオセロを⼀気にひっくり返すようなことを起こせるのです。 

擬⼈化プロトタイピング法

⼀般にメーカーが開発するのは機器やサービスです。これを開発前にプロトタイピングしたり、ましてやAIを搭載したような高度な機器をプロトタイピングすることは大変です。しかしAIは現実に使える技術になっているため、あとは素晴らしい利用法を発想さえできれば大きな魅力になります。

そこでお勧めしたいのが「擬⼈化プロトタイピング法」です。これは全ての機器を⼈物に置き換えて⼈間が機器のロールプレイングをおこなう⼿法で す。(もちろん⼈物はそのまま⼈間がやります)

多くの⼈が集まってシステムの連携を可視化するだけでなく、⼀⼈で機器を演じるだけでもさまざまな発⾒ができるはずです。

モノ作りという物理的制約の世界を、空想的な演劇(アクティングアウト)に変えることで現実には起こりえないようなことも柔軟に実現できてしまいます。全く新しい視点から機器の役割定義やインタラクション⼿法を発想することができるようになるかもしれません。 

SFプロトタイピングで⾮現実の世界を活⽤する

反重⼒や透視、他銀河の知的⽣命などSFの世界では何か現在の常識とは違う前提(SFの中の常識)が「新しい世界を覗いている」ワクワクした感覚にしてくれます。

近年「SFプロトタイピング」という⼿法が再評価されはじめました。空を⾶ぶことや宇宙旅⾏、⼈間の様なロボットは最初は物語の世界のものでした が、それが今では現実になっています。

何億円もかかる映画撮影は別としても、SF⼩説としてならばプロトタイピングとして特別に費⽤がかかる訳では無いので、⼤きな刺激が得られるのであれば活⽤しない⼿はありません。

5年ほど前に、会社の事業がNASAと有⼈⽕星探査をおこなうというSF⼩説を書いたことがあります。技術的にどのように実現するかは適当にごまかしながらロボティクスとソーシャルナレッジの融合による宇宙⼿術の実現やそこから会社組織が解体され個⼈の貢献によって有機的に繋がる新しい社会の姿を、⼤きなストーリーとしてまとめていきました。 そのストーリーの最初の部分のいくつかは既に現実になっています。最後の結末まで⼀緒ということは無いでしょうが、そういうSF⼩説を書いたことによって現実をみる視点が広がったことはとても役立っていると感じています。